相談窓口設置の落とし穴

2021年６月に某運送業の会社で、上司のパワハラにより自殺した事件がありました。

この事件は、相談窓口が機能しなかったことによる悲劇です。

●事件の概要

某運送会社の男性営業係長（当時39歳）は、２名の上司から度重なる叱責を受けていました。

2020年６月ごろから、２名の課長の下で顧客獲得目標を達成するための管理業務を担当するようになり、そのころから、２名の課長は「指導」として、この係長をたびたび叱責していたようです。

1人の課長からは、朝礼の際みんなの前で叱責されることもありました。もう一人の課長からは、亡くなる前日にも「なめ切ってるな」「うそつき野郎はあぶりだすからな」などのメッセージを送られ、さらに40分以上も机の前に立たされて叱責されていました。

その翌日、この男性営業係長は、勤務先の営業所から飛び降り自殺しました。

●内部通報

男性営業係長が亡くなる２カ月前に、この2人の上司による叱責が「パワハラ」に当たるのではないか、との内部通報がありました。

同社の管理部門が調査をしましたが、この男性営業係長本人からは聞き取りをせず、他の部下からも話を聞くこともなく、当事者の課長2名からの聞き取り調査だけで、「パワハラには該当しない」と結論付け、何の対応もしませんでした。

せっかく内部通報があったにも関わらず、相談窓口が機能しなかったためにこのような悲劇が起こりました。

●パワハラ防止措置

2020年6月大企業に、2022年４月からは中小企業の事業主に下記の義務が課せられました。

①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

②相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

③職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

④そのほか併せて講ずべき措置

今回の場合、③の「事後の迅速かつ適切な対応」に違反します。

迅速かつ適切な対応とは、相談者および行為者の双方から事実関係を確認し、あらかじめ決められたマニュアルに沿って迅速に対応することです。

今回の場合、行為者にだけ事実確認をして「パワハラには該当しない」と結論付けたことは、この防止措置義務に違反していることになります。

●相談窓口が機能しないために起こる悲劇

この事件の場合は、内部通報があり調査が行われたにも関わらず、その調査が不十分で悲劇を食い止めることができませんでした。

男性営業係長の死後、会社が外部の法律事務所による調査を実施し、社長がパワハラの事実を認め遺族に謝罪しました。

この適切な調査を、男性営業係長が亡くなる前に実施していたら、この悲劇は回避することができたはずです。

遺族は、「どんなに謝罪されても、夫は帰ってきません。今回の事を決して風化させないでほしい。」と言っています。

亡くなった人は帰ってきません。生きているうちに対応するように、そのために「パワハラ防止措置」を義務化しているにも関わらず、それが全く機能しなかったことがこの悲劇の原因です。

亡くなった男性営業係長は、明るい性格だったそうで、こんな事になるとは夢にも思ってなかったと、遺族は語っています。

こんな悲劇は起こしてはならないのです。

起こってはならないのです。

●相談窓口が機能しない原因

相談窓口が機能しなかった原因は、相談窓口の設置の意味を企業が理解していなかったためです。

パワハラ防止措置が、「相談窓口を設置」することだけだと理解していたからです。

社内で起こったパワハラを隠滅するために、相談窓口があるのではありません。

従業員の命を守るために、会社を守るために相談窓口はあるのです。

そのことを理解していない企業が多いのが現状です。

この会社は、2006年３月にも当時の派遣労働者が、自殺しています。上司がエアガンで撃ったり、唾を吐きかけていたなどの証言があり、労災が認定されています。

また2009年５月にも、今回とは別の支店の男性係長（当時42歳）がパワハラを受けて自殺しています。この事件の後、同支店の従業員200名のうち130名が会社に原因究明の嘆願書を提出しています。

しかしながら、また、このような悲劇が繰り返されました。

相談窓口が機能しない原因。

それは、企業のパワハラに対する意識の低さです。

相談窓口設置の落とし穴は、「設置したことだけで満足している」ことです。

●相談窓口の重要性

相談窓口は従業員にとっても、会社にとっても「最後の砦」です。

従業員が命を絶つことを防ぐ、会社の信用を失うことを防ぐことのできる「最後の砦」が相談窓口です。

ただ設置すればいい、相談が来ると面倒だ、そんな考えで相談窓口を設置していては「最後の砦」として機能するはずがありません。

今一度、相談窓口の重要性を考えてみてください。

みなさんの会社の相談窓口は、機能していますか？

（参考文献）

朝日新聞DEGITAL　橋本拓樹　2021.11.14 19:30

アクセスジャーナル記者　山岡俊介の取材メモ　2021.11.05 21：52

産経新聞　2009年6月29日