『ハラスメントに気をつけよう』が、コミュニケーションを壊すとき
「これって、ハラスメントじゃないですか?」
最近、職場でこんな言葉が増えていませんか?
近年、ハラスメントに対する意識は高まっています。
実は、厚生労働省の労働者調査によれば、 過去3年間にパワハラを受けた人の割合は 31.4%(約3人に1人)から19.3%(約5人に1人)へ減少しています。
(*出典 厚生労働省 「令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」)
しかし、まだまだ現実では、職場でのハラスメントに苦しむ人はいます。
私は、ウェルビーイングを軸としたハラスメント防止対策の専門家として、企業でハラスメント研修を行っています。ハラスメントに該当する行為や、判断のポイントを知っておくことは、企業にとっても、働く一人ひとりにとっても必要なことです。
しかし、以前、ある会社でハラスメント研修を行った後、少し気になることが起こりました。
研修後、「これってハラスメントじゃない?」という指摘が、お互いの間で増えていったのです。
「そんな言い方をしたらハラスメントですよ」
「今の言い方、パワハラじゃないですか?」
「これくらいはハラスメントに当たらないですよね?」
お互いの言動を気にするようになり、次第にコミュニケーションが減っていきました。
そして、職場の雰囲気が、以前よりぎくしゃくしてしまったのです。
ハラスメントをなくすために行った研修なのに、なぜこんなことが起こったのでしょうか。
ハラスメント意識の高まりとリスク
ハラスメントに対する意識が高まるのはいいことですが、過敏に反応しすぎて、コミュニケーションを委縮させてしまうリスクが高まることがあります。
私は、ハラスメントはコミュニケーション不全の一つだと思っているので、いつも研修は、ハラスメント研修とコミュニケーション研修をセットで実施しています。
冒頭の会社は、その必要性を理解してもらえずにハラスメント研修だけを依頼された会社で起きました。
そして、ハラスメント研修だけを行った会社でおきたのは、白黒つけたい論争です。
白黒論争
「これはハラスメントですか?」と白黒をつけたくなる
ハラスメントについて考えるとき、私たちはつい「○か×か」を知りたくなります。
「これはパワハラですか?」
「これはセクハラですか?」
「この言い方はアウトですか?」
その気持ちはよくわかります。
明らかに法的なハラスメントに該当する行為もあります。
一方で、法的なハラスメントとして認定することが難しいケースもあります。
さらに難しいのは、法的にはハラスメントと認定されにくい言動であっても、相手を傷つけたり、追い詰めたり、職場への不信感を生じさせたりすることがあるということです。
ハラスメントには、明確なものだけではなく、境界線上にあるものもたくさんあります。
だからこそ、「これはハラスメントなのか?」という問いに、すべて簡単に○か×かをつけることはできません。
もちろん、境界線を知ることは大切です。
私も研修では、ハラスメントの定義や判断のポイントをお伝えします。
ただ、それだけでは足りないのです。
「俺は平気だけど」は、相手を尊重している?
例えば、誰かがある言動について「私は嫌だった」と伝えたとします。
そのとき、
「俺はそんなこと言われても平気だけど」という人がいるかもしれません。
でも、少し考えてみてください。
「自分は平気」ということと、「相手も平気」ということは、同じでしょうか。
当然、違います。
私たちは、一人ひとり違う人間です。
育ってきた環境も違えば、経験してきたことも違う。
価値観も違えば、言葉の受け止め方も違います。
同じ言葉を言われても、気にならない人もいれば、傷つく人もいる。
冗談として笑える人もいれば、何度も繰り返されることで苦痛になる人もいる。
信頼している人から言われれば励ましに感じる言葉が、関係性の悪い相手から言われれば、嫌味に感じられることもあります。
だから、「私は平気だから、あなたも平気だろう」
と考えることは、無意識のうちに自分の価値観を相手に当てはめていることになります。
そこには、「相手は自分とは違うかもしれない」という視点が抜けています。
大切なのは「相手と自分は違う」と知ることです。
では、どうすればいいのでしょうか。
私は、ハラスメント防止において大切なのは、「自分と相手の感じ方は同じではない」
と知ることだと思っています。
「自分だったらどう感じるか」だけではなく、「この人はどう感じるか?」と考えてみる。
そして、相手の立場や状況、関係性を想像してみる。
必要であれば、相手に確認してみる。
これは、「相手が嫌だと言ったら、何でもハラスメントになる」という話ではありません。
相手の感じ方を尊重することと、相手の感じ方だけでハラスメントだと断定することは違います。
大切なのは、自分の感じ方を唯一の基準にしないこと。そして、相手を一人の人間として尊重すること。
そこから、本当の意味でのコミュニケーションが始まるのだと思います。
「ハラスメントにならないように」だけでは、何も言えなくなるのです。
ハラスメントを防ごうとするとき、
「これは言ってはいけない」
「これはやってはいけない」
というNG行動を覚えることは必要です。
けれど、それだけになってしまうと、
「こんなことを言ったらハラスメントだと思われるかもしれない」
「注意したらパワハラだと言われるかもしれない」
「だったら、何も言わないほうがいい」
となってしまうことがあります。
そうなると、必要な指導まで避けるようになったり、部下とのコミュニケーションそのものを避けたりすることがあります。
一見すると「ハラスメントがない職場」に見えても、実際には、
「誰も何も言わない」
「困っていても相談しない」
「相手の顔色をうかがう」
という職場になっているかもしれません。
それは、本当に幸せに働ける職場でしょうか。
ハラスメントを恐れるあまり、コミュニケーションがなくなってしまえば、別の問題が生まれることがあります。
部下に指導や注意をせず、部下の成長機会を奪うホワイトハラスメントや、上司の指導に過剰に反応し、正当な注意指導もハラスメントだ!と上司を追い詰めるハラスメントハラスメントと呼ばれる問題も、その一例です。
だから私は、ハラスメント研修だけではなく、コミュニケーションについてもセットで考えることが必要だと思っています。
ハラスメントをなくすことが、目的ではない
ここで、そもそも「ハラスメントをなくす」ということについて考えてみたいと思います。
もちろん、ハラスメントはなくしたいと思っています。
誰かが傷つけられたり、尊厳を奪われたりする職場は、なくしていかなければなりません。
しかし、「ハラスメントをなくすこと」そのものを目的にしてしまうと、何かを見失ってしまうのではないでしょうか。
ハラスメントをなくすことは、目的ではなく、方法の一つです。
私たちが本当に目指したいのは、
誰もが安心して、自分らしく、幸せに働ける職場をつくること。
そのために、ハラスメントを防ぐ。
そのために、お互いの違いを理解する。
そのために、相手を尊重する。
そのために、必要なことを言える関係をつくる。
そのために、対話する。
こうしたことがつながって、はじめて「幸せに働ける職場」になっていくのだと思います。
(参考文献)
厚生労働省(2024)『令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書』 労働者等調査(一般サンプル)「過去3年間にパワーハラスメントを受けた経験」 31.4%(令和2年度)→19.3%(令和5年度) https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000325933_00006.html (mhlw.go.jp in Bing)
ハラスメント研修とコミュニケーション研修をセットで検討したい方はこちらをご覧ください。

